起業編3

 

⑪売上-経費=利益の理解

いちりゅうもホームサポートも毎日、怒涛の様な忙しさの中
ある日気付いた、
アルバイトのキヨちゃんの給与は何で俺より高いんだ!って

経理を全く理解せず、
300円で買ったホルモンを450円で売っていた!原価率66%。
売れ筋の殆どがこのホルモンだったので、
仮に100万円の売上があっても34万円しか残らず、その34万円から固定費を差し引いたら毎月殆ど赤字。

店内はお客様で溢れ返り、一ヶ月で300人以上のお客様をお断りしていた。
そこで、会計書を読み漁り、
損益分岐点 という
利益も出ない、赤字にもならない売上の分岐点がある事に気が付いた。
要はいちりゅうの損益分岐点が100万円なら100万円以上売上た分は原材料費を
引いた分は全部利益になる。

利益を出す為には

1、損益分岐点を上回る売上をあげる
2、利益率が高い看板商品を探し出す
3、オペレーションを改善し固定費を減らす

この3点が重要なんだと気付いた。
そこで、
売上を上げる為には、今までお断りしていた300人以上のお客様に来て頂くしかない!と考え
隣の空きテナントを大家さんに頼み半分だけ貸して貰う事になった。
(後に全部拡張する事になる)

そんな時に事件が起こってしまった!

 

⑫店の拡張、仲間が去る

事業で一番、耐え難く辛いのは
資金繰りや商品やトラブルではなく
スタッフが去っていく事。
店の拡張も済み、さぁ今からガンガン売上を上げるぞ!とヤル気に満ち溢れていた時、右腕だったS君が「歯科医院を継ぐので大学受験の為に辞めます。」
と言われた、、。天国から地獄、余りのショックで3日間、部屋から出る事が出来なかった。
彼はそれ位、大切な存在だった。自分を否定され、身体の一部がもぎ取られる位、辛かった。
今だに社員から「話があります。」と暗い口調で言われる時なんかは、心臓がバクバ
クして、冷や汗が出てくる(笑)その後も沢山の人が入り、沢山の人が去っていったが
次のステージに行く為に仕方ない場合もあり、義務は果たさず権利ばかり主張してワ
ガママ放題の人もいた。
沢山の別れで寂しさを味わう事で
辞めたスタッフ達も、自分自身の成長の為には必要な人材だったと思える様になっていった。
別れの後には必ず出会いがある

S君の後に入って来た、19歳だった大学生、落合進が大学卒業した後にうちに就職し、6年の月日を経て
いちりゅう本店のオーナーになった。

 

⑬利益が出る構造を作る。

不慣れな落合と店をやり繰りしながらも拡張した事で、売上は倍になった。
次は新商品を探し出す為に
飲食店や、食肉加工場をを巡り新商品を探し回った。
ある日、見つけた。
「これだ!」
それがヤミツキ塩ホルモン。
食べなくても見ただけで分かった。
「これは当たる!」と

ホルモンが言っていた、俺を使えと (笑)

その後も、ウマ辛ごちゃ混ぜ、骨付き豚肉カルビなど、色んな商品を試していった。
そこで分かったのは
「美味しいモノを出せば繁盛する」
と言う簡単な問題ではないと、、一番大事な事は、美味しいんじゃなくて

「また食べたくなる、癖になる食材」

実はこれは想像以上に難しい。
だから、毎日そういう食材を探している。

そして、オペレーションの改善、
如何に、楽して効率よく業務を行うのか
店内のモノの配置を改善し、
お客様に最速で提供出来るシステムを作っていった。
その結果、
たったの15席を3人でやっていたのだったのが、数年後には50席までなら3人で
対応出来る様になっていった。

 

⑭次の出店、新たな仲間。

「あんちゃん、ボーナス出たから全部、
焼酎のキープにして下さい!」

その当時
ウッシーこと牛沢望は毎日の様に、いちりゅうに来ていた。
当時、彼が貰っていたボーナスでキープしたら、狭い店内はたちまち、黒霧で埋め尽
くされていただろう。
もちろん、丁重にお断りした。

しばらくたったある日、今度は
「あんちゃん、会社辞めました。と言って勝手に店にはいってきた。」
その時はスタッフは充分足りていたので正直いらなかったが俺は唯一無二の才能を彼
に感じていた。

一つは顔、アニメキャラみたいな一度見たら忘れられないインパクト!
それと、50メートル先にいても「牛沢望」がそこに居ると認識出来るシルエット!

他にも色々いい所はあるが、面倒なので全部カットさせて頂く。

当初、彼はポンコツだった。
頭が硬く教えるのも面倒なので、某居酒屋チェーンに潜伏させた。
彼はそこで沢山の事を学んでくるかと思いきや、真面目過ぎて全くノウハウを盗んで
こない。
仕方ないから、俺が鍛えた。
正直、彼を鍛えた2年間は大変だった。
頭が硬過ぎて商売には向かない、
ついたアダ名は「岩鉄岩男」。。。

2年の月日が経ったある日の事
彼は変わった。2号店の出店を計画する事となった、
勿論、自分自身の野望の為でもあったが
社員が増えていった為でもあった。そして、増え過ぎたスタッフ達との人間関係がおかしくなってきていた
特にNo.2として信頼していたスタッフとの人間関係で苦しんでいたもう何もかも嫌になってた。
「ウッシーお前があいつの代わりに店を仕切ってくれんか?」
「えっ!俺がやっていいんですか?俺やります!」
ホントに大丈夫かよ。。。
と思いながら彼の無鉄砲さと勇気に賭けた。
彼は見る見るうちに成長して
がむしゃらに頑張って、
俺を支えてくれた。
そして
いちりゅうの顔になり
いちりゅう南店のオーナーになった

 

⑮リアルわらしべ長者

稼いだお金を少しづつ貯蓄して
そのお金で収益をあげるシステムに投資していった。
その一つが動産投資です。
不動産は「宝探し」みたいで面白いんです。

不動産投資では
「レバレッジを効かせる」という事を学びました。
レバレッジとは
自己資金を元手に借り入れして、
自己資金の範囲では購入出来ない不動産等を購入して資産を作る事。
(勿論、色んなリスクはあるのだが。)
そして、
その不動産から入る家賃のうち、銀行への借金の返済や、税金の支払い等を差し引いた残りの現金を貯蓄して、またレバレッジを効かせ別の不動産に投資する。
それを繰り返す事で
元手、100円から始めた事業は何万倍の価値を持つ不動産に化けて行きました。

こうやって
4つ目の事業をやりました。

 

⑰終わりに

子供の頃からの親友、古賀に
「お前のやって来た事は面白いし、分かり易いし、もっと沢山の人に知ってもらった方がいいよ」
と言われた一言で、
今までの事を書きました。
10代では皆から変わっていると言われて、かなり窮屈でしたが、勇気を持って20代で海外に飛び出した事で
それからの人生が変わりました。
世界には凄い人達が沢山いて、自分は何の為に生きてるんだろう、、。
本当に何もない、ゼロだ。
という事に気付きました。
でもそこからが本当のスタートで、
事業というフィールドで勝負する事を決意しました。

何故なら商売は楽しそうだったし、人より頑張れば勝てると思ったから

事業でうまくいく要素は
運、タイミング、確率、色々あると思うんですが、
その他に
「絶対成功するという信念」
だと思います。
それと、
結局のところ、原理原則は変わらない。
人として当たり前の事が出来なければ、最初はそこそこ上手くいっても最終的には成功で終われない。

まだ道半ばですが、やってみたい事をやり尽くして、いける所まで上に行きたい。
また、機会があれば書きます。

終わり。