起業編2

 

⑦伝説の店

清掃業とリフォーム業が軌道に乗り始めていた時、義兄からまた声がかかりました。
「ホルモン屋さんを買わない?」と

直感でわかりました。
「いちりゅう」じゃないかって
お婆ちゃん姉妹が経営している小さな店で
うっすらと名前が知れ渡っている店でした。取り敢えず、次の日には店主に会いに行き、その次の日には店員として店に入ってみる事にしました。最初は恥ずかしくて中々お客様の前に出れませんでした。
余りの緊張で何も出来なかった記憶しかありません。
それでも3ヶ月間、修行だと思い意地で通いつめました。
修行している時は
店を買うのかどうかは、お金も無かったし迷っていました。
でも店主から孫のように可愛がられる様になり、後継ぎは俺しかいないって思ったんです。
そして、国民金融公庫から439万円借りる事が出来きスタートしました。

初めて明かしますが
「いちりゅう」の名称の意味は、
「ひびき」がいいからだそうです。
特に意味はありません。お婆ちゃん達も「私たちは二流よ」と口癖の様にいってました。
店を譲り受ける前の日に、夢を見ました。

それは何処かの海岸通りのあるホルモン屋
「いちりゅう」本当に美味しい店でしたが何処にあるのかさえも、本当に実在するかもわからない伝説の店。
しばらくの間、夢か現実か、分からなくて実感が持てなくて
その感覚は店主となった後も数年間、夢と現実の間を行き来していた様な感覚がありました。

 

⑧開店

開店初日、
いきなり、狭い店内はお客様でごったかえしました。
15席の店が三回転、その日の売上は8万円でした。もうクタクタです。

自宅に帰っても、興奮して寝付く事が出来ませんでした、ようやく寝付く事が出来たと思ったら、金縛りにあって身体が動かなくなり、冷や汗ダラダラで何とか起きる事が出来ました。
新事業への希望や楽しみより、
明日からの激務や分からない事ばかりのチャレンジへの不安しかありませんでした。精神的に脆く弱かったという事でしょう。
思い出してみると
殆どのチャレンジはワクワクするというより、恐怖に打ち勝つ為にやって来た、
取り敢えずやってみないと気が済まない!
みたいな感じでやってた気がします。
思い返してみたら
やってきた事全てが自分の壁を打ち破って行く為に必要だったんじゃないか、と思えます。

 

⑨人の力を借りる。

昼の仕事も段々と忙しくなってきました。
アパートの4部屋同時でリフォーム、清掃。工事費は400万円。
期限は1週間という事がありました。
夕方には店の段取りに行かないといけない。とにかく時間が足りない。
仕方ないから
手も足も家族も友達もそこら辺にいる老人も、サラリーマンも全ての人間を使うんです。(笑)
というか
「他人の能力を借りるんです。」
それでも間に合わない。
結局、
店を閉めて夜中に1人で作業した時には疲れ過ぎて虚しくて、それでもやらないといけないから考え方を変える様にしました。こんな辛い事をやっているのは
「別の人なんだ。」
痛みや感情を消し去るよう、自分に言い聞かせました。
昼の仕事の時は作業しながら
夜のいちりゅうの事を、いちりゅうの時には明日の昼間の仕事の事を
常に身体を動かしながら思考する癖がついていきました。

「人を使う」というより、
その「人の能力を借りる。」

自分の身体さえも借りる。
作業の時は自分の身体を使用する、作業は身体が勝手に覚えているから
頭は別の事に使う。そうやって身の回りの全てを動かすスキルがついていきました。

 

⑩必要とされたら何でもした。

俺には仕事に対する少し人と違う考え方があったと思う。
「仕事は選ぶものじゃなくて、仕事から選ばれるもの。」
その頃にはもう掃除屋さんの枠を超えていて、

人から必要とされ、仕事になれば何でもした。
凄かったのが
ゴミ屋敷のゴミ撤去と清掃。
足の踏み場もない位のゴミの向こう側で
ゴミにまみれた家主が蠢いている。
もう気がおかしくなっていた。
家主を追い出し、まるごと全て消毒した。
余りの酷さに暫く悪夢にうなされたが。。。

ボーイフレンドからの暴力被害にあっていた女性の夜逃げの手伝いをした事もあった。
友人2人を見張り役として雇い、マンションにある全部の荷物をパッケージして彼女の実家に送り届けた。
物凄く綺麗な女性だった、、、
しかも
大量の下着も衣類も全て高額ブランド品だった (笑)!

決めていた事は
「人が遊んでる時に働く。」
「人がやりたがらない仕事をする。」
「人に頼まれたら何でもする。」

毎日休みなく働いて、1日の大半を仕事して、クタクタだったが
それでも毎日が楽しくて、人から必要とされる事にやりがいを感じた。

 

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