起業編1

①帰国

エクアドルからの帰国の機内で直前に発症したマラリア(かもしれない)
高熱に必死に耐えながら
またしても、何も為し遂げられなかった自分自信に絶望していた。
南米で網戸や蚊取線香は売れる。
スターバックスは日本で当たる。
商社と組んで叔父のマグロで回転寿司のアメリカチェーンを作る。とか
壮大なアイデアは次から次へと泉のように出るんです。
でもどうやって行動していいのかわからない。その時もそう、マラリア(かもしれない)病気って
どう対処すべきなのかわからない。
気絶する殆、苦しいんです。( 笑)
凄まじい苦しみに必死に耐えながらも、色んな事を考えながら総計24時間のフライトに何とか耐えようやく日本に帰りました。

②サラリーマン生活

帰国しても「成功してやるっ」て気持ちは燃えカスのように残ってました。

でもどうしていいかわからなくて
結局、求人紙で見つけた旅行会社に入社しました。
意気揚々と働き始めたものの
1週間もすると何でこんな意味の無い無駄な事をしているんだっ!て気付きました。
上司がいると帰れないとか、
情報を社内で共有しないとか、
結果出せないのに仕事した気になっている、とか、
非常に効率が悪い。
皆と歩調を合わせないといけない無駄な事や、意味のない努力は本当に嫌で
そういう事を疑問に思う性格は社内でも疎まれていた思います。
1年後、社長に呼び出されて
お前、次の月は顧客いるのか?
いないなら給与は出せない。クビだと言われました。
結局、1年でクビ。
クビと言われた時は少なからずショックを受けましたが、どうせ長くはいないと割り
きっていたので
対したダメージはありませんでした。

短いサラリーマン生活の中で
1つだけ分かった事は
俺はサラリーマンには向かなかったって事。

③最速で動く

数日後、
またしてもどうしょうもないから
義兄が初めた不動産業の手伝いを始めました。
サラリーマンとしてではなく
完全歩合給。

そこで学んだのは
「すぐに動く事。」
9000万円マンションの売りの情報を頂いたのですが俺にはたまたま顧客がいたの
です。
その方は大手保険会社でトップセールス、
不動産投資で年収5000万円を超える有名な方でした。
購入するとわかっていたので明日情報持って行こうと思っていました。
そしたら他社がその日に情報持っていったのです。
俺は超絶バカです!!!
情報入って瞬時に電話してたら
567万円の手数料が入っていたのです。

ホントに大馬鹿です!

それ以後「いつか」とか「今度」はなくなりました。
「 今です!」
チャンスは一瞬しか訪れないと身を持って体感しました。
それにしても567万円の授業料は大き過ぎました。

④達成する

不動産の取引に必要な資格
宅建の資格試験を受けてみました。殆ど勉強せずに
4択なので受かるかどうかは一か八かです。当然受かりませんでしたが
文章は意外と簡単で知識があれば何とかなると分かったんです。
その日から、来年の試験日まで毎日364日、 どんな事があっても勉強すると決めました。

試験慣れする為に
他の試験から受けていこうと英検2級やスペイン語検定などどうでもいい試験に受かりながら自信をつけていきました。

勉強すればする程、試験問題にはパターンがある事が分かってきました。
実は4択では無くて2択なんです。 何故なら2問は知識があれば馬鹿みたいなダミーだとすぐにわかるから。
そう、試験問題を作っている人の気持ちを考えたらわかります。

もうネタギレなんです。多分(笑)

一冊の問題集を3回繰り返し解いて
間違えるパターンを改善しながら
問題自体を全て丸覚えして試験に挑みました。ここまで努力して試験に受からないなら

「自害する。」

と周囲には言っていましたので余りの緊張で風邪を引き熱が出ました。(笑)
そして遂に試験が始まりました。2時間の試験時間でしたが、
わずか1時間で終了。
覚えていた問題をアウトプットするだけでしたので楽勝でした。
今まで高校も大学も全て試験に落ちて来ましたが、やっと1つの事を達成しました。

1年間も勉強する必要はなかったかもしれない でも1年間勉強を必ずやる。 という事を守れ、そして結果をだした事。
その事は自信になり
積み上げていけば達成し成功出来るんだ。という事が分かりました。その後、ついでに2級建築士の試験にも受かりました。
まぁそんな感じで27歳まではダラダラとその日暮らしをしていましたが

その生活が義兄の一言で変わりました。

⑤起業は!たまたま

義兄が言った事は

「貸家が空いたから掃除してみない?」
でした。
中々、不動産の契約が取れない俺を見かねたんでしょう。

どうせやる事ないし、返事は勿論
「はい!やります!」です。
その日から掃除屋さんになりました。

会社名もホームをサポートするから
「ホームサポート」です。口座を100円で作り(今の全事業全ての元金)
いよいよ掃除屋さんがスタートしました。
車に掃除機や、家庭用の洗剤を積み込み
貸家の清掃に取りかかったのですが、
直ぐに大変な仕事だと気付きました。俺は掃除を完全になめていました。

「やり方が全くわからない!」

母や姉に来て貰い、試行錯誤しながら
1週間後、何とか完成しました。
しかも身体は動けない位に疲れきっていました。最初の売上は5万円でした。
日当に換算すると、経費を差し引いて
3千円位でした。

⑥顧客の要望に応えるのが最重要

清掃の回数を重ねる内に少しずつ慣れていき、要領が少しずつ分かってきました。
取引先の不動産会社も少しずつ増えていきました。
清掃をやって行く過程で
リフォームも発生してきました。
お客様の立場に立てば清掃もリフォームも面倒なので、まとめて頼みたいんです。
しかも清掃と一緒に組み合わせたら、利益もどんどん増えて行きました。
その当時は、空き部屋があっても入居が決まってからリフォームするというのが普通でしたが不動産会社に
アパートの部屋が空いたら即、リフォームさせて下さいと頼みました。綺麗な部屋の方が成約率は格段に上がり
家主さんも、不動産屋さんも喜ぶ。
もし、リフォームした部屋の入居が中々
決まらなくてまた汚れても、入居が決まった時点で無料で清掃をもう一度する。
と言うものでした。
実は、殆ど1人で仕事していたので、
仕事が重なったり、急な仕事に対応出来る為に余裕を持っておきたかったのが本音ですが、、。

「仕事は絶対に断らない」それが顧客の為と思っていました。
そして皆にとってハッピーになる構図を作る。
それが、商売がうまくいく原則だと分かりました。

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