エクアドル

2016年 5月19日~

エクアドルの叔父に用事があり、
宮崎 → 成田 → アトランタ → キトへ

キトの日本大使館で手続き中に地震が発生し、最上階のビルの上でかなり揺れました。
その後、大使と野口英世公園まで非難するというかなり刺激的な経験をしました。

image

image

image

image

内田さんに招かれて自宅へ
実は、エクアドルに来たもう一つの理由は内田さんにお会いしたかったから、
20年前に出会った時から、圧倒的な存在に衝撃を受け、また会いたいと願い、心の片隅にこの方がいました。

生物の生きている最大の目的はただ「時」を過ごす。そして死に向かって「時」が過ぎていく。
その時の中で人間は自分で考えて、行動して、意義を見出し、自分の人生は自分で切り開いていくもの。

また強く打ち付けて下さいました。

image

キト~マンタ。
飛行機で1時間、高度2000mの高地より、海沿いの港町マンタへ
叔父のホームタウン。

外壁の裏が叔父の家。
image

image

従弟たち
image

上から、セビッチェ バナナ料理 魚のフライ、パエリア
image

image

image

image

叔父の家の隣に住む、マリアーノ知事
近所の定食屋でバナナチップを「これ美味いから食べてみろ!」
って何て質素な大富豪!!

電話の内容は、明日 大統領とのミーティングだとか、
メール交換して 日本に行ったら連絡するよっ! って相変わらず軽い感じで意味不明。

※この海の写真もマリアーノ氏所有のホテルから

image

image

地震の爪後は酷かったけど皆、たくました生きていました。

image

image

image

マンタ~キト
従兄弟のトミがアテンドしてくれて、メキシコに旅立ちました。

image

叔父は俺の憧れの方であり、近くにいる訳ではないので頻繁に会う事は出来ません。
どうしょうもない理解しがたい感覚の中で、同じ血が入っているから自分にはあの人の生き方が理解出来るかもしれない。
衰弱して来ている叔父を見てどうしょうもない感情が溢れました。

image

時代に取り残された、最後の日本男児。

こんなややこしくて、理解し難い人を見た事がない。

菅原 純

40年前以上、世界中を旅してエクアドルにたどり着き、結婚し、めちゃくちゃ仕事をして6人の子供を作り、全ての子に高等教育を受けさせ、沢山の人達から愛され尊敬され、プロサッカーチームのオーナーにまでなった人。

数十年ぶりに会う彼は
それまでの人生が余りにハード過ぎて
燃え尽きて、老いぼれて、くたびれて、ボロ雑巾の様になっていました。

寂しいのに、人を遠ざけ、
優しさが余りにも深い故に、理解し難く、
信じられない位、頑固で、、

病院に行くのが怖くて、数十年間、色んな病気を放ったらかしにして!

自分の生き方に固執して、貫き通して居ました。

最後の日
叔父に洗いざらい自分のキモチをぶちまけました。

このまま朽ち果てて良いのか?
死ぬ間際まで、あなたらしく生きて下さい!
自分を律し、身体を鍛え、もう一度復活してくれ!
あなたの、知識、人脈、全ての遺産をもっと次の世代に伝えるべきだ!

その為には日本に帰国し、全ての病を治療して下さい、お願いします!って

最後にはボロボロ涙が出て来て、もうぐちゃぐちゃでした。
叔父も堪らなかったと思います。
俺に寄って来て、やっぱお前は宮崎の人間だ、って、訳が分からない事をふり絞る様に言いました。
でも、自分は愛されてるんだ、って感じたと思います。

事情を察した叔母は俺を黙って抱き締めてくれ、叔父は何だかんだ言い訳して、空港に見送りに行かないって!
涙を皆に見せるのが嫌だったんです。

海外で終の住処をどうするか、信じられない位、孤独でとてつもなく寂しいと思います。
子供達が居なかったら、もう彼は孤独に押し潰されて、とっくに死んでいるでしょう。

出会う度に、それと同じだけの別れがあり
この年になってもう慣れたかと思ったけどダメだな、
次に会えるかわからないし、
もう会えないかもしれないし、

だからこそ全力で、
命の続く限り全力で一瞬一瞬を大事に、
もうその一瞬は2度と来ないから。

何処に居ても魂は繋がってるから
また会いましょう

写真は家で見つけました。
30年の位前の写真、マキと。