アメリカ編

ゼロから1へ
一年間のアメリカでの生活で学んだ事は自分の圧倒的に低くゼロに近い「立ち位置」だった。
自分の「立ち位置」が分からないとゴールに向かって1を足していく事ができない。
俺にとって最初に分かった瞬間はあのズタズタにされた言葉のお蔭だった。

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①ボストン

インドネシアから帰国後、
どうしても日本の生活に馴染めなくなっていた。友人と話しても話が噛み合わない。
もうこの国にはこれ以上住めないと従兄弟がいるボストンへの移住を決めた。

最果ての島から最先端都市への移住だった。

移住日  初日。
雪が降っている中、ボストン大学沿いにあるコモンウェルス通りに出る。
ボストン独特の建物や、色んな人種の人々が歩いている姿に感動してしまう。
路地裏の何でもない風景でも絵になる。
そこはまるで別世界だった。数日後,語学学校に入学
そこは世界中から沢山の個性ある人間が集まって来ていた。「外国人も日本人も関係ない。
気が合う人は外国人だろうが関係なく友達になれた。」
今まで学校では余りいい思い出がなかった、でもここでは毎日が刺激的でめちゃくちゃ楽しい日々だった。

だけど
ボストンでの生活にも慣れてきた頃に
韓国人のミンスーから誘われた小旅行で全てが変わってしまった。。

真ん中がブラジル人のルームメイト
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ミンスーと
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従妹達
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②ボストン~シアトル

ミンスーはある日本人の女性と仲良くなりたい為に俺と女の子(美里)を郊外へのドライブに誘った。
ドライブも終わり学校につく頃には
ミンスーとその子ではなくて
全く関係ない俺と美里が仲良くなってしまっていた。京都出身で2つ下の美里は学校でも有名な美人で英語とドイツ語が堪能。
性格も優しくて、後で知ったのだが家は全国に会社がある名家の社長令嬢だった。
付き合い始めて2ヶ月が過ぎた頃、
美里から実はバンクーバーのフライトアテンダントの学校に行く予定だと言われた。
だからもうここでお別れかもしれないって
えっ?嘘!
彼女の事が大好きになってしまっていたのでどうしても離れたくなかった。
調べてみたらバンクーバーから一番近いシアトルに同じ系列の学校がある事が判明。
本能に従い俺もシアトルに行く事を決断した。

彼女は1か月だけシアトルに住む事になり、お互い違う家にホームスティをする事に
なった。
お互いの家は近くにあったのだが彼女の家は古くて部屋に鍵さえない、彼女が俺のホームスティ先に来て怖くて帰れないという。
結局、俺のホームスティ先に泊まることになった。次の日、その家のホストに彼女を泊めた事がばれてしまい
「出ていきなさい!ルールを守れない人はここにいる資格はない!」と、家を追い出されてしまった。
ルール?そんなの知らない。
まだその家に30時間しかいないのに追い出されてしまった。アメリカ社会は意外と厳しくて、叱られるとかそういうのじゃない、ルールを破れば言い訳なんか聞く耳持たず、一発アウト。
いきなりホームレスになってしまった。
大きなトランクを引きずりながら、
数日間、何のツテもないシアトルの街を彷徨い、どうやって乗り切ったのかは良く覚えてない。
結局、学校に相談してシアトル大学の寮には入る事になってしまった。

1ヶ月後、
彼女はバンクーバーに旅だった。
シアトルでの生活にも慣れてきた頃、韓国人のソンホンがルームシェアをしないか?
と言ってきた。
どうやら彼はラスベガスのカジノで多額の留学費用をすってしまい、1人では家賃が払えなくなってきているようだった。
後2名友人が来るからと結局狭いアパートで韓国人と4人で住むことになった。韓国人は皆、年長で兵役を終えて来ていた、寒くて寝られないと言えば暖房の側を譲ってくれ、しかも自分達の布団までもくれる。
本当に優しい人達だった。
シアトルの生活も2ヶ月を過ぎた頃、

美里から母親に会わせたいからバンクーバーまで来てと連絡があった。

韓国のアニキ達
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③シアトル~バンクーバー

シアトルからバンクーバーまではバスで5時間位だったと思う。
バンクーバーに着いたら彼女のお母さんと食事を一緒に食べようという事になった。
久しぶりのご馳走を目の前にしても
緊張で食事も喉も通らない。
あの人は最初から俺達の付き合いに反対だった。
結局、数時間程話してもラチがあかず、交際は認められないまま1人ホテルに帰り考え込んでいた、すると夜中に美里が訪ねて来て
「母がああいう人間だとは思わなかった。このまま一緒に逃げましょう!」
って
まるでドラマの一場面。
「お前まだ19歳だろ。駆け落ちは無理だ、何とか上手くいくように説得してくれ」
と言って無理やり帰した。
次の朝、美里から
母が3人でビクトリアに行こうって言っていると電話があった。
ビクトリアはバンクーバーから
フェリーで1時間のとこにある観光地。

何故、誘われたかわからずままお母さんはきっと俺の事をまだ知りたいんだと思い、受け入れて貰いたくて色んな事をお話しした。
和やかに時間は過ぎ

そして
帰りのフェリー。

お母さんが俺と2人で話があると甲板へ。さっきまで笑顔だった顔がこわばっている。
そして
「あなたみたいな子があの子と付き合う資格はない。
今日であの子と会うのは最後なんだから別れを言って来なさい。」
これはお土産だといい、ポイっとお菓子を渡された。
その後も色々言われたが余りのショックで気が遠くなってしまい、覚えてない。
でのその時の感情は今でも鮮明に覚えている。心をナイフで突き刺されてぐちゃぐちゃにえぐられた。
生まれて初めて人間に完全に拒絶された。
気絶しそうで何がどうなっているのかさえわからない。
そしてしばらくして諦めてに似た感情が沸いてきた。
この人には何を言っても無駄だ。
この人とは住んでいる世界が違う

「世の中には自分の力ではどうしょうも出来ない事があると知った。」

フェリーはバンクーバーに着き
シアトルへ戻る為にバスターミナルへ
美里にもう何も言えなかった。
お母さんに引きずられながら泣きじゃくる彼女に、無理して笑顔を作り抱きしめてそのままバスに乗った。身体の一部が無くなった感じがする、
帰り道のバスの車内、物凄い孤独に襲われ5時間もの間泣き続けた。

 

④シアトル

シアトルに帰って3日目の朝。

数日の間、学校にも行かずに部屋で悶々としていた。
別れの寂しさの上に、異国の寂しさ。
こんな時にはいつもジャッキーチェンの映画を見ていた。映画の中のジャッキーを見るたびに同じアジア人として頑張ってきた彼にどれだけ救われたかわからない。
韓国人のルームメイトは察してそっとしてくれてたが
痺れをきらした、ソンホンが
「ストリップに行ってみようぜ!」
と言ってきた。
多分彼は俺がこのままじゃ駄目になるんじゃないかと思ったんじゃないかな。
4人でシアトル繁華街へ
ストリップ場に着き、
音楽が鳴り響く店内の中、席に着くが全く
そんな気分ではない、しかも直ぐに飽きてしまった。
「アニキ達帰ろうや!」
と横を見たら3人共完全に舞い上がっている。
本当にビックリ。だけどよく考えたら彼等は今まで兵隊だったんだ。
経験がないんだ。
可哀想な人達。。。
そんな浮かばれない生活をしていて
10日位たったある日、ようやく美里から連絡が入った。親を説得して
もう一度アメリカに行くわ
だけどフロリダだったらOKだという条件付き。
何故フロリダ?かって
俺がいるシアトルから一番遠いから。
でも関係ない!
もう一度彼女に会いたい。
3週間後の再会を約束した。
仲が良かった韓国人の女性もたまたま一緒に行く事になり
チケットの手配をてしてくれたり、皆世話をやいてくれた。
俺は完全に韓国人コミニティに溶け込んでいた。
全てにおいて皆んなが優しくしてくれて、恵まれていた。
そして
出発の前夜、タイ人のアナンから電話があり「明日もう居なくなるんだよな最後だから一緒に出掛けよう。」
と二人で最後のシアトルに出掛けた。
その日はハロウィーンだった。
街中には色んな仮装している人達が歩いている。
全てが神秘的で初めての経験
何故、彼は急に誘ってきたかはわからない。
でも、もしアナンが誘ってくれなかったらあの経験はなかった。
次の日フロリダに向けて出発した。

アナンと
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⑤フロリダ

フロリダ、セントピーターズでの彼女との再会から1ヶ月目。

全ては順調で向こうの親には俺たちの交際が継続している事はバレてない。
俺と美里はフロリダ半島横断の旅に出ていた。
夜、フロリダ中央部、永遠に続く牧草地帯を好調に運転していたが
何だか急にアクセルに違和感を感じだした。
回転数は上がっているのに徐々にスピードが落ちていく。何だかかなりヤバイ雰囲気。隣の美里に知られない様に冷や汗を拭う。
こんな所で止まってしまったら死ぬ確率が一気にあがる。
ここは最も治安が悪いフロリダ。
ハイウェイなんかで絶対に止まれない。
そのまま誤魔化しながら運転する、数十分後、遥か彼方に街の灯りがボンヤリ見えた。
やった助かった!
物凄い安堵、
もし、車が止まった時に備えての
プランを次から次へと考えていたのでもう、冷や汗でびしょびしょだった。
何事も知らない美里はスヤスヤと寝ている。

そして奇跡的に小さな町に着いた。
スーパーで食事を買ってエンジンをかけたら掛からない。
完全に壊れてしまった。
最悪な状況
黒人やヒスパニックがたむろしていていつ襲われるかわからない。
と辺りを見回すと目の前に
クルマ屋さんを見つけた。
閉店直後滑り込みで店員に助けを求める。
その従業員が助けてくれ、知り合いの整備屋を紹介してもらった。
3日後に車をモーテルに持ってくると約束したがその整備屋さんが誰なのかさえ幾らかか
るのかさえわからない。
次の日
不安な気分を変えようと
ローカルレストランに入ったら
どんよりとした店内にはシカや熊の剥製が大量に飾ってある。
レスラーみたいな店員がオーダーを取りに来たら、
彼女は恐怖で泣き出す始末
ここにいたら俺らも剥製にされちまうんじゃないかと、何も頼まず店を出る。

3日後、整備屋さんがやって来た。
結局、修理代金 5万円程払い脇目もふらずその町を出た。
途中、タンパのディズニーランドに寄り、
気分を変え無事に戻れた。
クルマを貸してくれていた、
アキさんには
「あの時、あんなボロクルマを貸してくれてありがとうっ、お陰で死にかけたよ」って
今では笑い話になっている。

 

⑥フロリダ2

アメリカで最後に見た映画はタイタニックだった。
沈んでいく主人公を自分と被せて見ていた人は世界に何人いるんだろう?
段々と迫りくる彼女との別れ、
この先の自分の未来に不安を感じていた。
アメリカ生活も後、数日で終わり
彼女は京都に帰り大学生に戻る。
行き先のない俺は

結局
「どうしていいのかわからなかった。」
インドネシアで数百人の船員を率い、アメリカでも何か浮いた存在でも全てにおいて中途半端。

自分でお金を稼ぐ事が出来ない。
日本に帰っても多分出来る仕事はない。
学校はかろうじて卒業出来たものの、アメリカで大学に入る様なお金も学力もなかった。
誰かを頼らないと生活出来ない
情けない位、自立出来ていない。自分がいる
「立ち位置。価値、信用」全てゼロに等しい。
けど1つだけ、
自分の中にあるものを見つけた。
絶対に負けなくない

「闘争心」

金持ちになって成功して
彼女の母親を見返してやりたい。
「金持ちになってやる。。」
手っ取り早く稼げる仕事。。。。
そうだ、マフィアになろう。
マフィアと言えば南米。

南米エクアドルの叔父のとこへ取り敢えず行ってみよう!

取り敢えず、本能のまま「行動」する!
ゼロからのイチへ!

彼女とは3度目のお別れ、人との別れにも段々慣れてくる。。
彼女をマイアミ空港にたった一人残して
もう涙も出なくなった。
そして新たな目標に向かって
エクアドルへ旅立っていった!

 

取り敢えず学校は卒業出来た!
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